バーミヤン マネジャー 上原 悟さん
クルー・正社員を合わせて12年間勤務したバーミヤンを、健康上の都合で一度は離れることに。その後7年に渡り、生命保険会社、飲食業他社、工務店でそれぞれのキャリアを重ねるものの、常に脳裏にあったのはチームで支え合って働いたバーミヤンでの思い出。元クルーの妻や、当時の上司・仲間からも背中を押され、「戻りたくて戻れなかった」すかいらーくに再入社する。
クルーから正社員になり、マネジャーとして感じた手応え
上原 バーミヤンで最初にアルバイトを始めたのは高校時代でした。当時はすかいらーくが年間100店舗ずつ出店していた大躍進の時期。大学入学後もクルーを続けていて仕事が楽しかっただけに、「マネジャーになるなら今がチャンス!」と考え、2年生のときに一大決心をして大学を中退し、19歳で入社しました。その2年後には念願のマネジャーに昇進して、店舗を任されるように。自分の責任でひとつの店舗を運営するというのは、当然簡単なことではないですが、やりがいや達成感は非常に大きかったですね。皆で同じ目標を目指していくチームプレーのおもしろさを感じていました。
マネジャーとして5店舗を経験し、その間に当時クルーとして働いていた現在の妻とも出会いました。ただ、あるとき持病が見つかり、療養のためいったんはマネジャー職から外してもらうことに。その後一度は復帰したものの、やはり体調面で働き続けることが難しくなり、入社10年目で退職を決めました。本当は辞めたくないという気持ちが半分以上で、苦しい決断でした。
すかいらーくを離れ、3回の転職でそれぞれの経験を積む
上原 退職後、しばらく療養したのちに、知人の紹介を受けて生命保険会社に営業職で入社しました。給料は完全歩合制で、契約が取れなければ収入ゼロもありえる厳しい世界です。限られたパイの中でどう顧客を獲得していくかが問われていて、チームで店づくりをしていくバーミヤン時代とのギャップは大きかったですね。2年半続けたものの、同僚すらライバルになるような環境は自分には合わないと感じ、転職を決意。
飲食業界に戻ろうと考え、次に入社したのがフランチャイズ店を営む会社でした。本部でのオペレーション推進や、店長のマネジメントなどを務め、ここではすかいらーくでの経験も活かせたと思います。経営企画部の所属だったため、社外のいろいろな方とお会いする機会が多く、そこで知り合ったある工務店の社長から「うちに来ないか」と誘いを受け、3年目にその工務店へと転職。50名ほどの小規模な会社のため、発注元との折衝から人員管理や施工管理、社員教育まで幅広く携わっていました。しかし、やがて経営状況の悪化により、再度転職を考えざるを得ない状況になりました。
妻 夫とは、彼がすかいらーくを退職して、2社目の飲食業の会社に勤めているときに結婚。転職にあたっては本人の気持ち重視で、やりたいことをやってほしいと思っていました。ただ一方で、娘の出産を機に私自身が仕事を辞めたということもあり、家計を考えると現実問題として給与水準は維持してほしいという思いもありました。
たどり着いたのは「すかいらーくに戻りたい」という思い
上原 すかいらーく退職後も、当時の仲間とは個人的には連絡を取り合っていましたし、新聞やニュースで名前が上がると気にかけて話題を追っていました。正直、「すかいらーくに戻りたい」という気持ちはずっとあったのです。つながりのあった当時の仲間からも「早く戻ってきたらいいのに」としばしば言われていました。
ただ、自分の都合で辞めさせてもらった以上、戻りづらさを感じていたのも事実です。万一、また体調の問題で働けなくなったりしたら迷惑をかけるとも思いました。
でも、前社を離れることを考えていたある時、「すかいらーくが元クルー・元社員の採用を強化している」という情報を聞き、思い切ってマネジャー時代の元上司に相談。バーミヤンの店舗で直接会って話を聞いてもらったのですが、元上司は私の気持ちをとにかく歓迎してくれて「ぜひ戻ってこい」。その場でスマホからエントリーし、選考を経て後日入社が決まりました。
妻 すかいらーくでまた働きたいという気持ちはずっと聞いていただけに、戻れるなら頑張ってほしいと私も思いました。最初はアシスタントマネジャーからの再スタートでも、いずれマネジャーに戻るのなら収入も工務店時代を十分超えるのが分かっていたので、その点でも不安はありません。あとはやはり心配だったのは健康面で、体にだけは気をつけてほしいと何度も何度も伝えました。
あらためて実感した、助け合い、支え合う風土
上原 再入社後、現店舗へと配属になり、バーミヤンの現場に戻ることに。高校時代から長年やっていただけに、オペレーションは体が覚えていました。退職から7年経っているのでメニュー構成をはじめ変わっていることも多かったのですが、一つひとつ確認しながら調子を取り戻していきました。
あらためて実感したのは、すかいらーくがいかに人情に厚い会社かということ。退職前から私を知っている人たちは本当に気を遣ってくれ、わざわざ電話をくれて「体だけは壊さないようにね」と声をかけてくれたりもしました。店舗でも周囲がいろいろ細かくフォローをしてくれ、困っている人には皆が手を差し伸べるこういう会社だった、というのをまざまざと思い出しました。
妻 前職の工務店では、休日や帰宅時間がすごく見えづらくて、「今日は休みと聞いていたのに、朝起きたらもう出勤している」「何時に帰ってくるか全然分からない」というのが当たり前になっていました。残業が長かったのも心配だった点です。それに比べて、すかいらーくはお休みが決まっているし、その日の勤務時間が事前に分かっているというのが家族としても安心です。
また、家族がいるということで、エリアマネジャーやクルーさんが気を遣ってくださるようで、娘の誕生日や保育園の運動会には勧められてお休みをいただいたこともありました。行事を大切にできるようになったのはありがたいですね。
上原 労務面は7年前から大きく変わっていて私も驚きました。年間の公休数が大幅に増えたというのもありますし、特に大きかったのは年2回の長期休暇です。5連休マスト、7連休推奨というのは他に経験した3社では考えられない充実ぶりです。昨年取得した7連休では、家族3人と私の両親、妹夫妻とその子供という3世代でスキー旅行に出かけました。こういったことも全く初めての経験です。
再スタートする人をあたたかく受け止めてくれる
妻 保育園の送り迎えも、夫の前職までは私が全部担当していました。今は平日のお休みの日には夫が娘を迎えにいき、私が自宅に戻ると二人で遊んでいたりして、そんな様子を見るとほっとします。何より、やはり本人がやりたい仕事だっただけに、毎日イキイキしているのが嬉しいです。
上原 周囲に支えられ、入社当時の「マネジャーに戻る」という目標は約1年半で達成。現在はエリアマネジャーからも非常に良くしてもらっているので、今度は自分もそこを目指していかなければという思いはあります。また一方で、再入社してきたからこそ分かるすかいらーくの魅力を、社内に広く伝えていきたいというのももうひとつの目標です。一度退職し、他社・他業界を見て戻ってくるというのはなかなかできない経験です。日々の忙しさの中で時に忘れてしまいがちなすかいらーくの良さを、自分の経験を通して発信できたら、それは周りへの恩返しにもなると思っています。
今もしすかいらーくに戻るかどうか迷っている人がいるなら、すかいらーくは想像しているよりはるかに元社員を歓迎しているということを伝えたいです。迷っているというのはすでに「戻りたい」気持ちがあるということ。それを受け止めてくれる場がここにはあります。労務面もどんどん変わってより働きやすくなってきているので、自分の気持ちを大事に、安心して再スタートを切ってほしいです。
※所属部署、役職およびインタビュー内容は取材時(2018年11月)のものです。